子育てをしている中で、ふと気づいたことがありました。
気づかないうちに「母親ってこういうもの」というイメージに自分自身が縛られていたかもしれない、ということです。
自分はそんなつもりはなかったのに、いつの間にか母親になった自分も同じように子ども優先、自分は後回し。そんな毎日を送っていました。
子どもの頃に見ていた母の姿
私の母は、仕事をしながら家事もこなしていていつも忙しそうでした。仕事から帰ってきてからも休むことなく動いていて夜ご飯も手作りで、本当に大変だったと思います。そんな母の姿を子どもの頃からずっと見てきて、当時私はどう思っていたのかをここでは振り返ってみます。
忙しそうにしている母親に話しかけにくい空気をいつも感じていた
私の母は怒っていたわけではないし、冷たかったわけでもありません。
ただ、常に何かをしていて忙しそうで子どもながらに「今は話しかけない方がいいかな」と、なんとなく空気を感じていたのを覚えています。
どうでもいい話を気軽にできる雰囲気ではなかったな、と今になって思います。
気づかないうちに同じ母親像になっていた
自分が母親になってから、ふと「あれ?私も自分の母親と同じかもしれない」と思う瞬間がありました。
いつも何かに追われている。子ども優先で、自分のことは後回し。余裕がない。
そんな日々を過ごしていたからです。
もちろん、母のことは嫌な記憶ではありません。むしろ今は、あの頃どれだけ大変だったかが分かるからこそ感謝の気持ちの方が大きいです。ですがその姿をずっと見て育ってきたからこそ「母親像」として自分の中に刷り込まれていったのかもしれません。ここでは「母親像」について私なりに考えて、自分の藤堂を変えたことについてまとめていきます。
私は私の育児をしていい
自分の母を否定したいわけではありません。
物心ついた頃には母親は正社員で働きながら家事・育児を完璧にこなしていました。
なので私も上の子を出産後、働きながら家事・育児を全力でこなすことは当然のことだと勝手に思い込んでいました。
ですが現実は仕事復帰の前の育休中からこれは無理だ…と思うことばかり。
頑張って1人で家事・育児をやり切っても「私こんなに頑張ってるけど、これって何か価値があるの?」という気持ちしか残りませんでした。
毎日疲れていく自分の気持ちを無視して過ごしていくうちに、頑張ることへの違和感にやっと気づくことができました。
育児の正解って外側にはなくて常に自分の内側(心)にあるんですよね。
そう思えるようになってきてから、私は私のやり方でいいのかもしれないと少しずつ思えるようになりました。
必ずしも自分を後回しにしなくてもいい、無理をし続けなくてもいい。そう思えるようになってから「手放す」という考え方にもつながっていった気がします。
100人のママがいたら100通りの育児の方法があると思うんです。なので他者評価は気にせずに、目の前の子どもが満足そうにしているかが大事だと思っています。
自分の気持ちに余裕があることが子どもとの時間を大切にすることにも繋がる。
そんなふうに感じるようになりました。
考え方を変えたら育児が少し楽しくなった話|手放すことに慣れて気づいた変化
まとめ
子どもの頃に見ていた母の姿は今思えば本当に頑張っていた姿だったと思います。
そして母になった今だからこそ、その大変さも分かります。
だからこそ感謝の気持ちはあるけれど自分は自分の育児をしてもいい。
今の自分に違和感を感じることがあれば、無意識に受け継いでいた「母親像」を少しずつ手放していってもいいのかもしれない。そう思えるようになってから、育児に対する考えが少し変わってきた気がしています。
私自身も日々の生活の中で「手放す」ことができたことで、完璧を目指して「ちゃんとしているか」よりも子どもと「ちゃんと繋がっているか」に焦点を置いて子どもと関わるように変わってきたなと実感しています。

